障害者らに不妊手術を強制した旧優生保護法の問題を取り上げた映画「沈黙の50年」が完成した。聴覚に障害のある兵庫県明石市の小林 宝二 さん(92)と妻の半生を再現ドラマやインタビューで描いた作品で、子どもを産み育てる権利を奪われた人らの苦悩を伝える。(神戸総局 上田裕子)
小林さんは1960年に妻・喜美子さんと結婚。ほどなく妊娠がわかり、「男の子かな、女の子かな。どっちでもいいな」と期待を膨らませた。しかし、家族から「赤ちゃんが腐っている」と突然言われ、喜美子さんは連れて行かれた病院で中絶手術を受けた。その後、2人は子どもを望み続けたが、ついに授かることはなかった。
旧優生保護法に基づく強制不妊手術の問題が盛んに報じられたのは2018年1月以降のこと。小林さん夫婦は「強制手術が行われていたことを多くの人に知ってほしい」として、18年9月に実名を公表し、国に損害賠償を求める訴えを神戸地裁に起こした。
1時間6分の作品では、こうした苦悩の日々を描いた。夫婦の若い頃を再現した場面のほか、小林さんも本人役で出演し、我慢し続けたつらい体験を手話で証言している。
小林さん夫婦の訴訟は21年8月の1審判決で、手術があったことは認める一方、時間の経過で賠償請求権は消滅したとして訴えを棄却。23年3月の2審では国に賠償を命じる判決が出たが、国が上告している。
「元の体に戻して、赤ちゃんを返して」と訴え続けながら喜美子さんは勝訴を見届けないまま22年に89歳で亡くなった。小林さんは「聞こえないことで不平等な扱いを受け、辛抱と諦めの連続だった。苦しめられてきた経験を映画を通じて伝えたい」と訴える。
作品は4日に神戸市で公開されて以降、各地で上映会が開催され、6月29日には東京都大田区で予定されている。
◆旧優生保護法= 1948年に「不良子孫の出生防止」を目的に制定され、96年に母体保護法に改正されるまで、全国で約2万5000人の障害者らが不妊手術を受けた。弁護団によると、障害者らが国に損害賠償を求めた訴訟は2018年以降、全国12地裁・支部に起こされた。このうち高裁で原告が勝訴した4件(大阪2件、東京、札幌)と国が勝訴した1件(仙台)について、最高裁大法廷に回付されており、今夏にも統一判断が示される見通し。