奈良死亡事故2年
奈良県大和郡山市の踏切で2022年4月、全盲の女性が電車にはねられて死亡した事故を受け、国は踏切内への点字ブロック整備を促しているが、普及に時間がかかっている。国土交通省によると、全国3万以上の踏切で、点字ブロックがあるのは今年3月時点で8府県で29か所だけ。道路管理者の自治体と鉄道会社のどちらが対応するべきか、法的に明確でないことが背景にある。(奈良支局 前川和弘)
■指針に明記
事故では、 白杖 を持った女性(当時50歳)が踏切横断中に警報音が鳴り、後戻りしようとして特急にはねられた。遮断機の手前までは点字ブロックがあったが、踏切内にはなかった。
女性は後戻りする前、2本目の線路を過ぎてから立ち止まっており、自分の居場所が分からなくなったとみられる。進行方向に誘導する点字ブロックがあれば、防げた可能性があった。
当時、踏切内の点字ブロック整備については国の基準や指針がなく、国交省は事故から2か月後の22年6月、「道路のバリアフリーに関する指針」を改定。踏切内への整備について明記した。整備方針は「義務」「標準的」「望ましい」の3種類のうち、最も緩やかな「望ましい」にとどまり、自治体や鉄道会社に判断を委ねる形となった。
■24か所新設
国交省によると、事故後、今年3月までに点字ブロックが新設されたのは8府県24か所にとどまる。府県別では、大和郡山市の事故現場を含む奈良県の5か所が最多。県内の視覚障害者団体が要望活動を活発に行い、国や自治体を動かした。
今年度は奈良市が初めて、人通りの多い市街地の踏切で整備する。市の担当者は「優先度の高い所から整備し、よりよい環境にしていきたい」と話す。徳島県は3月、病院の近くなど3か所で整備し、新たに7か所でも設置を検討している。
今年に入り、整備方針を強化する動きも出てきた。国交省は1月、指針を再改定。整備方針を最も緩やかな「望ましい」から、義務に準じる「標準的」に引き上げ、自治体や鉄道会社に積極的な対応を求めている。
さらに同省は、踏切道改良促進法に基づき、障害者支援施設などが近くにある踏切319か所について、点字ブロック整備などの対策が必要な踏切に指定した。指定を受けると、道路管理者や鉄道会社は3年以内に改良計画を国に提出する必要がある。設置には国から補助金も出るため、事実上の「義務化」といえる。
ただ、全国には踏切が約3万2000か所ある。指定を受けたのは1%にすぎない。長野県上田市や静岡県三島市の踏切ではそれぞれ17年と21年に、視覚障害者の死亡事故が起きているが、踏切道改良促進法に基づく指定を受けていない。上田、三島両市は「対策を検討中」とし、現時点で具体的な計画はない。
■数十万~100万円
点字ブロックの整備費用は人件費を除くと、1か所あたり数十万~100万円程度とされる。全ての踏切に設置すれば費用がかさむ上、誰が整備するべきか、法的には曖昧だ。
踏切は鉄道会社の設備であると同時に、自治体などが管理する道路。道路法では、踏切ごとに両者が協議して管理方法を決めるとしか規定されていない。
バリアフリー論が専門のアール医療専門職大の徳田克己教授は、行政と鉄道会社の連携を求めた上で「視覚障害者の意見を聞く窓口を設置するなどし、当事者が近くに住んでいたり、利用が多かったりする必要度の高い場所から整備を進めるべきだ」と指摘している。
視覚障害者ら「まずは声かけて」
踏切を渡ろうとする視覚障害者がいたら、周囲の人はどう対応するべきか。自身も全盲で、事故後に点字ブロック整備を呼びかけた奈良県視覚障害者福祉協会の辰己寿啓会長(66)は「どんな状況でもまずは声をかけてほしい」と呼びかける。
辰己会長によると、視覚障害者にとって、踏切は中に閉じ込められたり、線路内に誤って進入したりしないかと不安になる場所で、警報音が鳴ると焦って、進むべき方向がわからなくなることもあるという。
辰己会長は「踏切で見かけたら声をかけて、手助けが必要であれば一緒に渡ってほしい。『一人で渡れる』と言われても後ろから見守って」と話している。