東京大、京都大、東北大の3大学病院に行った日本移植学会の緊急調査で、脳死者から提供された臓器の受け入れを断念した具体的な理由が判明した。国内ではなお脳死の提供者(ドナー)が不足している。さらなる提供増加を見据えて、移植医療の
院内ルール
大型連休後半の4日。東大では、脳死ドナーからの心臓と肝臓、2件の移植手術が行われた。肺の受け入れ要請もあったが、院内のルールを理由に見送った。
東大では、同じ日の移植は2件までと決めている。移植は緊急手術で、長時間に及ぶため、多くのスタッフを集める。予定していた手術を延期して手術室を確保することもある。移植以外の診療との両立を維持するために、臓器の受け入れの制限が必要だとする。
今年に入って東大では、脳死ドナーから提供された心臓、肺、肝臓の移植手術を計33件行った。国内全体の4分の1を占める。
米韓下回る
緊急調査では2023年、3大学で計62件の断念例があったことが判明した。その理由(複数回答)で最多だったのが「集中治療室(ICU)が満床」(20件)だ。
移植後の患者は、人工呼吸器の管理や拒絶反応を抑える薬剤の投与などのためICUで治療を受ける。ICUには外傷や脳卒中、がん手術後など様々な患者も入る。
経済協力開発機構(OECD)の同年発表の統計では、人口10万人あたりのICUなどの病床数は、日本は14・4床。米国21・2床や韓国17・1床だけでなく、加盟国平均の16・9床も下回る。
黒田泰弘・日本集中治療医学会理事長は「大学病院のICUは、いつも満床に近い状態で人繰りも厳しい。経営面を踏まえても病床を空けておく余裕はない」とする。
米国で15年以上、肺移植を行う重村
緊急調査では、断念の理由として、移植の執刀医(移植医)や麻酔科医、手術に携わる看護師ら人員の不足も目立った。
今村知明・奈良県立医大教授(医療政策)は「国は断念に至った経緯を精査し、ICUが足りているかなどを確かめる必要がある。少なくとも移植が集中している病院には、病床や人員を配置する財政支援の検討をすべきだ」と指摘する。
働き方改革
臓器を受け入れると、手術に携わる移植医の勤務時間は長くなる。4月に、勤務医の残業時間を規制する「医師の働き方改革」が始まったことで、医師不足による断念例の増加が懸念されている。
移植医は手術だけでなく、脳死ドナーがいる提供施設に行き、臓器を摘出して、自施設に搬送する。日本移植学会は17年、こうした負担を軽減するため、医療機関の互助制度を導入した。提供施設やその近隣の移植医らが代わりに臓器の摘出を担う。日本臓器移植ネットワークは19年、臓器の搬送を民間業者に委託する取り組みを始めた。
移植を待つ患者は、順番が来た場合、原則、事前に登録していた施設で手術を受けている。剣持敬・藤田医大病院(愛知県)臓器移植科教授は「提供が増えてきた今、もし施設が臓器の受け入れを断念した場合、移植の順番が来た患者が、別の医療機関で移植手術を受けられる体制も必要になる」と指摘する。
昨年最多132件でも 臓器提供なお不足…先進国で最低水準
国内で臓器提供者数は徐々に増えている。日本臓器移植ネットワークによると、昨年、脳死下での臓器提供は過去最多の132件、心停止後を含めると150件となった。
それでも、臓器は不足している。移植を待つ患者数は今年4月末時点で1万6000人超。移植待機期間は心臓で平均3年半、腎臓は同15年で、23年には463人が待機中に亡くなった。
日本の提供者数は先進国では最低の水準だ。臓器移植に関する国際的データベース(IRODaT)によると、心停止後を含む提供者数は22年、日本は人口100万人あたり0・9人で、韓国の7・9人、米国の44・5人を大幅に下回った。
米韓では、脳死の可能性がある患者情報をあっせん機関に通報することが法律で義務化されている。特に韓国では義務化後、提供が増えた。日韓の移植医療に詳しい
一方、日本では脳死状態の患者の家族に臓器提供の選択肢が示されることは少ない。厚生労働省は今年度、脳死可能性がある患者情報を病院間で共有する仕組みを導入する事業を開始した。臓器提供の拠点病院が地域の病院に助言し、提供増につなげる狙いがある。
有賀徹・労働者健康安全機構顧問(救急医療)は、「臓器提供病院を増やすには、診療報酬などを見直し、脳死判定の人員を確保する必要がある」と話す。(科学部 鬼頭朋子)