介護保険サービスの事業者に支払われる介護報酬が今年度、改定された。高齢者の在宅生活を支える訪問介護など一部だけ、国が単価を引き下げたことに事業者の間で波紋が広がっている。国は、訪問ヘルパーの担い手確保に向け、6月から、賃上げに使える財源を手厚くすると理解を求めるが、「経営が危うくなれば、必要なサービスを届けられなくなる」と不安の声が上がる。(野島正徳)
光熱費や備蓄費
「チンゲンサイの炒め物を作りましょうか」「いいわね。いつもありがとう」
4月8日、埼玉県志木市の一軒家を訪ねたヘルパーの川合
女性は両脚が不自由で、訪問介護を週5回利用する。1回約1時間、掃除、洗濯といった生活援助サービスを受ける。「ヘルパーさんのおかげで、やっていける」と頼りにする。
訪問介護は、自宅で暮らし続けたいという願いをかなえる在宅サービスの要だ。ただ、今年度の改定で1回あたりの単価が引き下げられた。基本報酬と呼ばれ、事業者が光熱水費などの運営費に充てられる財源だ。
女性へのサービスは、1回約50円の引き下げとなり、1か月で約1000円の減収となる計算だ。川合さんら12人のヘルパーで利用者計75人を支える「こころ訪問介護事業所」では4月、3月に比べて約3%減収したという。
感染防止のマスクや防護服の備蓄、電気代やヘルパーの研修費などで経費がかさむといい、佐藤明日香代表(47)は「現状維持さえ厳しく、経営に行き詰まれば、地域の利用者や家族を支えられなくなる」と漏らす。
全国ホームヘルパー協議会(東京)などは、人材不足や物価高騰の影響で閉鎖や倒産する事業所が増えているとして、「訪問介護が受けられない地域が広がりかねない」と国に抗議した。
高い利益率
全体で1・59%のプラス改定となる中、厚生労働省が単価を引き下げたのは、昨年度の調査で、介護サービス全体の利益率(収入に占める利益の割合)が平均2・4%だったのに比べ、訪問介護は7・8%と高かったからだ。物価高騰でマイナス1%と赤字だった特別養護老人ホーム(特養)などの単価を大幅に引き上げ、「バランスを考慮した」(厚労省幹部)という。
一方、人手不足の解消に向け、ヘルパーの賃上げ分を事業所に支給する「処遇改善加算」は、特養などほかのサービスより増額。東京都大田区の「カラーズ」では、ヘルパー1人あたり月額数千円の賃上げが見込まれる。田尻久美子社長(49)は「人材確保や、重度者向けの対応強化などサービスの質の向上を進めたい」と話す。
煩雑な手続き
厚労省によると、訪問介護の事業所は全国に約3万5000か所あるが、1割の約3000事業所が処遇改善加算を取得しておらず、賃上げの浸透が課題だ。
申請の手続きの煩雑さがネックとみられ、厚労省は今年度から簡略化。相談窓口を新設し、社会保険労務士ら専門家が、昇給制度を整えるなど申請に必要な手続きのノウハウを助言し、取得を促していく方針だ。
東洋大の高野
人手不足 求人15倍超
介護サービスの中で、訪問介護の人材不足はとりわけ深刻だ。厚生労働省によると、2022年度の有効求人倍率は15.53倍で、全職種平均(1.31倍)を大きく上回った。
入浴やトイレなどの身体介護や生活援助といった幅広い業務をヘルパー1人で担う。責任や負担の重さのわりに、賃金が低いことが人手不足の一因とされる。23年の平均給与月額は約28万円で全産業平均を約6万円下回る。65歳以上のヘルパーが4人に1人(26.3%)と、高齢化も進む。
人手不足を理由に新規の依頼を断る事業者は少なくない。
◆介護報酬= サービスの公定価格で、サービスごとの「基本報酬」と、一定の要件を満たす場合に上乗せされる「加算」がある。税金と40歳以上が納める保険料、利用者の自己負担(原則1割)で賄う。報酬が上がったり、加算がついたりすれば自己負担も増える。原則3年に1度見直される。